COMTE GEORGES DE VOGUE Musigny V.V. 1990

私がワインという魔性の液体に心を奪われたのはいつだったろうか。仕事も多少なりとも慣れ、心身に余裕が出てきたころだった。あれから早いもので10年という歳月が流れようとしている。その間、ワインという存在は私の中で日に日に大きな存在となり、今では、ワインこそが、私の人生にはなくてはならない存在だ。私にとって、ワインは嗜好品の域を超えて、人生に色彩を与える魔法、生きる目的や生きる意味の一部をなしているといって過言はないであろう。 ワインの世界は奥深く、広く、時に難解である。私は幸福にして、多くの経験豊かな師や好奇心旺盛な仲間に出会い、彼らの道案内を受けてワインの樹海へと入っていった。深い深い樹海の探検の最中に、ワイン愛好家の師達が、目を細めて忘れられない過去のワインを語り合うのを耳を研ぎ澄ませて聞き、想像を膨らませ、期待に胸を躍らせる。そして、いつか夢にまで見た金地塔的な宝箱(ワイン)に出会えることを心待ちに待つのだ。 コントジョルジュヴォギュエのワインもまさにその一つである。その中でも、彼の作る最高峰ワインのミュジニーは別格、このワインは忘れられないというワイン通の方も多い。 しかし。。。このワインは本当に難しいワインだと思う。樹海の奥深くに潜んだ宝箱には、そう簡単には出会えない。やっとのことで見つけ出会えた宝箱を開いても、その中の宝石は、そう簡単に輝きを見せてくれないのである。深い眠りの中にある時の、ヴォギュエのミュジニーは、例えるならば、そう、まるで毒リンゴを食べ死の淵の眠りについている白雪姫のようにピクリともしてくれない。美しいのに、究極の死に近い、ある意味、無機質な状態である。数少ない千載一遇のチャンスに、その美しさに生命の息吹きの片鱗もみせてはくれないとなると、こちらも流石に泣きそうになる。諦めよう、私には縁がなかったんだと思うことにしようとも考える。でも、見限ろうとすると、またヴォギュエのミュジニー伝説が聞こえてくるのである。諦めるに諦められない賛辞の言葉を耳にする。徐々に知恵がつくと、私は宝物に出会うたびに、あの手この手と、宝石が輝きを放つように、四苦八苦を繰り返すようになった。ある時は、そのグラスと何時間もにらめっこして我慢比べをしたてみたり、つい先日は、そう、あれは98年のヴォギュエのミジュニーだったが、予めのダブルデキャンターにて参戦した。そうすることでやっと微笑んではくれた。しかしながら、10年越しの片思いで膨らんだ私の想いは、微笑くらいでは満足いかないレベルまで膨張していたのである。 そんな折、その時はついに来た。


 COMTE GEORGES DE VOGUE Musigny V.V. 1990 

エネルギーの塊が中心にあり、生命力に溢れている、でも極めて静的で、神秘的な生命力であり、時が満ちていない時には、その周りを幾重にも覆うしなやかかつ頑丈な鎧のために、容易にはその中の生命力を伺い知ることはできない。前述した通り、死と見誤るような深い眠りについている時には、数時間の辛抱や、デキャンタリングによる呼びかけくらいでは、その神がかった生命力を呼び覚ますことはできないのであろう。永年の経過を経てエネルギーの核を覆う鎧が開いた時、初めてこのワインの持つ本領を知ることになるのだと思う。 光を透かしても通すことのない紫の液体は、いくつにも滴るその脚の煌めきからも感じ取れるように、ただならぬ風格を漂わせている。オールドローズを思わせる大輪の真紅の薔薇の花束と重奏する床一面のドライフラワーの花びらの絨毯。太陽の恵みを受けて熟したカゴいっぱい赤と黒と紫のフルーツ達のフレッシュな果実味とシロップ漬けされてらてらと光るフルーツたっぷりの焼き菓子の濃厚さ、といった具合に同じアイテムが風貌を変えて身体の中を突き抜けていく。爽やかなハーブ香、そしてスパイス香に麝香がいつまでもいつまでも続く余韻を花を添える・・・最初は静かに、徐々に大きく、最終的には自分自身の魂もろともを内包するがごとく・・・巨大なエネルギーの渦に自分が飲み込まれたかのような錯覚。エネルギーは凄まじく、そこには、何人たるものも入りこむ余地もないような凝縮感がある。だからと言って濃淡でいうと濃か?否。不思議だ。研ぎ澄まされたミネラルと綺麗な酸とシルクのようなタンニンのバランスは黄金比なのであろう、それが故、透明度は極めて高くてどこまでもエレガント。壮大で圧倒的なスケールに、静観的な一面をも持ち合わせる。不思議な感覚。人の力では太刀打ちできない強大な自然美を目の当たりにした時のような、無力感に似た感動とでも言うのだろうか。人為的な意図では作ることが困難で、簡単にはその姿を見ることはできないが、一度この世界を見た人間は、この美にひれ伏し、放心するのだと思う。これこそが多くのワインラヴァーを惹きつける忘れられない体験になのだろうと、その片鱗を体感できたように思う。 永年の思いが通じた瞬間に思うこと、いつまたこの感動に出会えるのか、はたまたこれが最初にして最後の口づけになるのか、それはわからない。でも、どんな結末でも私は受け入れよう。私はまたこの宝箱に出会えることを夢見て、広く深い樹海の旅をこれからも続けていこうと思う。 


ブロガー:ginger

ブルゴーニュワインをこよなく愛する女医。三十代独身。

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運営:一般社団法人日本腸美人協会

3コメント

  • 1000 / 1000

  • akaza eri

    2016.10.18 22:32

    @gingergingerさん 「ワインで感動や喜びを分かつ相手は必須」ほんとそうだわー 感動を分かち合う喜びは、至福。 わたし、ワインを同じように感じれる人しかセクシーだと感じられないの。 わたしという人間をどう感じてくださるかも、ワインの感じ方と同じだから。 言葉にできない。 感じ方。 人生が幸せになるアイテム=ワイン。
  • ginger

    2016.10.18 02:38

    @akaza erieriさん ありがとうございます。知識でも理論でもない、まさにそう思います。ワインを楽しむために必要なもの。知識やお金は多少なりとも。感性や愛情は重要。感動や喜びを分かつ相手は必須。。。なのではないのでしょうか?私はワイン以外は趣味も殆どないような人間ですが、ワインを通してかけがえのない人生の師や仲間を得ました。そしてワインを感じる感性を深めたいと今は音楽や絵画そして知らない土地のこと、いろんなことに興味が出てきてます。美しいワインに見合う外見や内面も身につけたいとも思うように。。。人生がこんなにも幸せになれるワインというアイテムに感謝です。また素敵はワインを一緒に傾けたいですね。楽しみにしてます。
  • akaza eri

    2016.10.18 01:13

    jingerさん ワインは知識でも理論でもなく、感じ合うもの。 ワインとともに、微笑んでくれるよう愛情をもって繊細に、人生も楽しみたいものです。 「暮らしの発酵食」を手作りする世界にいると「芸術性の部分は敷居が高い」と思われがちで、私もワインのことは遠慮しながら表現していました。 jingerさんのおかげで、発酵の最高峰として、美食や芸術性を見つめることも、発酵にとって、大事なことだと、伝えれる空気感になって、本当に嬉しいです。 ありがとう。 セクシーで魅惑的なワインを、またご一緒しましょ♪ 私たちの原点、I先生のフランス料理店で。