腸内環境改善・病気治療ストーリー001

大好きな自転車のプロ選手にを夢見る高校生が、栄光を手に入れ

優勝しスターへと駆け登ったが

病気が発病し、現役引退。

しかし、腸内環境を改善して、なんと現役復帰!

いま現在も、現役最高年齢の選手を続ける

小室雅成さんのコラムが、スタートしました!



自転車を趣味として、日々の暮らしの運動に取り入れたり

ダイエットのために運動をされている方

筋肉をつけて、もっとカッコよくなりたいなぁと

いう方は必読。


・・・


第1話・小室雅成:発病するまで〜栄光と挫折〜

を、読んでいただいた方へ、

もっと、状況を知りたいという方に

このブログでは、小室さんへのコメントなどをご紹介させていただきます。



〜小室さんより、メッセージ〜

昔々の僕の発病・挫折から

どうやって復活していったか?までを

書くことになりました。

ご興味のある方は読んでみて下さいね♪(^ー^)ノ

今回が記念すべき第1回

次回は11月1日になります。

あれ?111って何か縁起良いかも♪\(^o^)/

お楽しみに!!


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コメントSさんより

あの頃は高校生でも、日本のトップレースを走れる時代でしたね。

同世代で橋川さんと並んで、もの凄く強い選手が小室さんだなーなんて思ってました。

小室さんの名前を突然耳にしなくなり、しばらくしてオーバートレーニング症候群だって事を耳にしました。

自分は数年前にスタッフとして現場に復帰w。

久しぶりにお会いできた小室さんは、やっぱりもの凄く強い小室さんだなって。。。<(_ _*)>

ウチのチームを手伝いながら、小室さんの漢を見に行きます!(`・ω・´)ゞ


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Sさんへ小室さんより

コメントありがとうございます。

無名の状態でフランスへ行き、帰ってきてすぐに活躍できたまではカッコよかったのですが、たった1年で挫折して自転車界から消えていってしまったので「あれ?あいつは??」みたいな感じだったみたいですね(苦笑)。発症後5年ほどバイトしながらいろんな治療を試みたのですが治らず、25歳の時にプロになるのを完全に諦めて就職しました。でも、なんだか燃え尽きた感が無く、ずっと心にモヤモヤしたものを抱えながらの生活が嫌で32歳で思い切って会社を辞めてカンバックしたのでした。最初は19歳と32歳の体の違いに戸惑いました(^-^;) 45にもなるとまた違ってきていて適応するのにいろいろ探っています(^_-)-☆


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コメントFさんより

熟読させて頂きました!自分も小樽で小室さんを目指し後を追って同じようなトレーニングさせて頂き一気に強くなりその後・・小室さんと同じような症状状況に陥ってしまいました。数年前ツールド北海道や全日本で小室さんの元気な姿を拝見して少し安心しました!同じような患者(選手)を作らない為にも是非是非これから上を目指そう!と思っている選手には読んで頂きたいと思います(^^)


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Fさんへ小室さんより

メッセージありがとうございます。そんな過去があったなんて…。理論の怖いところは確かに効果は高いですが、もろ刃の剣でもあり、意志の強い人は自分の体からのメッセージを無視してミッションコンプリート!!とばかりに無理を続けてしまうところにあると思っています。感覚というものが何の為にあるのか、なぜ痛みや熱を感じる能力があるかというと、それは自己防衛というシステムの一つだからだと思っています。疲労感もそのうちの一つで、極度に疲れている時にはやはり無理をしない方が良いのでしょうね。さじ加減は経験から掴んでいくしかないですけど。TSSとかより僕は感覚に頼っています。


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編集部より


第一回目のコラムが、小室さんになったこと。

深い深いおもいがあって、このメディアを立ち上げたこととつながり

感謝の気持ちでいっぱいで感動しています。


第2話の原稿が届くこと、編集部も楽しみにしています。

11月1日をお楽しみに。


このコラムが

同じような状況で、悩んでいる方の光になりますように・・・・・

腸内環境改善・病気治療ストーリー001 小室雅成

第1話:発病するまで~栄光と挫折~   大好きな自転車のプロ選手になることを夢見ていた高校生がいました。 それが私、小室雅成です。 Tour de France「ツール・ド・フランス」    今から27年前。 1989年の4月、高校を卒業したばかりの私は、 憧れの自転車ロードレースの本場、フランスへ旅立ちました。 そう、 あの有名な世界最大の自転車レース 「ツール・ド・フランス」に出場するためです。 プロ選手になるために、反対する親を説得し、 希望にあふれたフランスへの旅立ちでした。 フランスでは、毎週末レースが開催されており、 そのレースに参戦し、着実に実力をつけていきました。 渡仏して3ヶ月したころには、 本場フランスでのレースで優勝争いできるようにまでなっていました。 そして、8ヶ月経った頃には、 なんと!5回も優勝を果たし、 入賞も15回以上 !  思ってもいなかった成果をあげることが出来きたのです。   プロへの道・実業団レース優勝   翌、1990年は、活動の場を日本国内に戻し、 日本のトップクラスの選手が集う実業団の登録レースへのデビューしました。 実業団登録レースというのは、いわゆる企業チームの選手たちが参加する場で、 オリンピックや世界選手権に派遣されるようなトップ選手が走る舞台です。 本場フランスで華々しい優勝を遂げたけれど、 それはジュニアクラスの話。 果たして国内のトップクラスでどれくらい通用するか? というテストの場でもありました。 その実業団大会での成績は、東日本実業団ではソウルオリンピックの代表を抑え、   なんと優勝! 全日本実業団では2位!! そして、出たレースはほぼトップ10入り!   を果たし、国内のトップ選手として認められ、 スター街道を駆け登っていきました。 そして、その輝かしい1990年の成績が評価され! 誰もが知る大企業のスポンサーも得るまでになっていました。 19歳の時です。 2年後にはバルセロナオリンピックが控え、 夢が叶いつつある、人生バラ色の絶好調でした。 そして、1991年には再び、本場フランスへ遠征の計画を立てました。 栄光からの挫折   国内では常に優勝争いを演じ、 フランスのレースで勝ちまくって向こうでプロになってやろう!!

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akaza eri

クリエイティブディレクター
「コンセプト、空間、グラフィック、器、料理まで」トータルデザインするプロデューサー。ミシュラン星付きレストランやクリニックなど多数手掛けてきたが、師匠が癌で他界したことをきっかけに、デザインの力で人生は変えれても、人の命は救えないことに気づき、京都の百年町家で暮らしはじめる。薬草を育て自然とつながる暮らしに没頭。いつのまにか、デザインする発酵研究家に。

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運営:一般社団法人日本腸美人協会

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