手放す ~幸せになるために~

看護師として働き始めて長い年月が経ちました。

今、こうして振り返ってみる。


衛生看護科という看護専門学校に入学したものの、

実習という形ばかりのとらわれの身におかれ、意味を見いだせず。

准看護師免許をとって、一先ず働こう…

特に夢も希望もなく言われるがまま過ごした学生時代。

社会人として、准看護師として病院で働き始める。

理由がわからず怒られる日々…何か違う

それって何のため?


何かを見つけるため、日中は病院で働き、夜は学校。

働きながら医師会の看護学校へ通い、再び学び直すという選択をしました。

私の人生で2番目くらいにキツイ3年間でした。

この時、愛娘は小学生の低学年でした。


正看護師になり、日勤夜勤などの2交代勤務の過酷な労働環境の中、ある日突然目の前が真っ暗になりました。

夜勤明けの朝、人手の少ない一番慌ただしく緊張の時間。

足が一歩も出ず動けなくなってしまったのです。

人の命を扱う、間違いの許されない仕事。

何をするために看護師をしているのかと考えさせられる2度目の事態が起きました。


今までずっと自分のからだを酷使してきた。

頑張って、頑張って

どんなに辛く厳しいことがあっても

いくつもの壁を乗り越えてきた

家族のため、そして愛娘のため

だから、もうこの辺で自分のからだを大事にしてあげよう。


そう思ったのが今から10年ちょっと前のことでした。

現在は、アンチエイジング医学(予防医学)を取り入れたクリニックで「愛と真実」をお伝えできるように日々精進しながら楽しく忙しい日々を送っています。


かなりの遠回りをしてここに辿り着いたことに気がつきました。

私がやりたかったこと

私がすべきこと

 

そして、協力をしてくれた家族

私の奥底にあった力を上手に引き出してくれた人生の先輩たち

みんなの支えがあったから、今の私がいる。


今までの私の人生を私のすぐ隣で黙って見守ってくれた愛娘。

楽しかったとき、苦しかったとき、悲しかったとき、辛かったとき

お母さんと一番一緒に居たかったであろう時期。

そんな時も私はいつも何かに追われ、お仕事だから…と娘に言っていた。


そんな娘も今はもう立派な社会人。

人の気持ちが分かる優しい子に育ってくれました。

娘は大人になったけれど

心はピュアで繊細

いろんな人の気をうけてすぐエネルギーダウンしてしまう…

なぜ?どうしてなの?

私の子育てへの愛情不足だったのでしょう。

だけれども幼かった娘と私が関わったその時の時間には戻ることはできません。

もう一度やり直せるのであれば、娘が幼かったころから母親としての人生を改めなおしたい。


娘は大人になったけれど

私の中では子育ての卒業ができてないのです。

その瞬間に一緒にいて笑顔で接してあげられなかったのがすごく後悔で…

ずっとこころのなかにあって…

ずっと心配ばかりしてきた。

娘が困らないように、幸せであるようにと、

ずっと見えないレールをひいてあげてきた。


でも、もうこの辺でいい加減、私の手から放してあげないと。

「心配」という束縛から… 


今は一緒に暮らしているけれど、

いつしか新しい家族をつくるため、娘は愛しい人にめぐり逢うでしょう。

新しい家族のため、苦楽を共にできる優しい旦那さまにめぐり逢い幸せな人生を歩んでいくでしょう。

もう人生の先輩風吹かして、見えないレールをひくことはないように

もう心配しなくて大丈夫だよ、安心していいよ、と自分自身に語りかける。


手放してあげよう

母と子が幸せになるために

そしてまだ見ぬ娘の優しい旦那さまへ

私の手から彼へ、優しくそっと手渡そう

ありがとう、よろしくね

そして、幸せになってね…と

Yuko

看護師。仕事と育児の両立を成し遂げ、医療の現場で休む間もなく働いてきたが、自身の体調不良から、人生にはゆとりと安らぎが必要だと痛感。人生を楽しく幸せに過ごすための手だてを見つけて伝えていきたいと願う。
抗加齢医学会認定指導士、認定ONP、ケトジェニックダイエットアドバイザー、サプリメントアドバイザー、腸美人コンシェルジュ・プロhttp://www.antiaging-fukuoka.com/

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